アニメ化のお手本ともいえる終り方かもしれない『さんかれあ』第12話(最終話)感想: 名前の通り、さもしい男だ

2012年07月02日

アニメ化のお手本ともいえる終り方かもしれない『さんかれあ』第12話(最終話)感想


―――WORNING―――


この記事には『さんかれあ』第12話のネタバレが初っ端から含まれておりますので、これを読んだ時点で間違いなくアウトでございまするよ。





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原作を中途半端なところまで使ったおかげなのか、実に消化不良で中途半端に終わった『さんかれあ』
しかも最後は千紘が礼弥に唇を食い千切られて終わるという、実に衝撃的な終わり方でだ。
この最終話を見て紳士諸君はどう思ったのだろう。
「こいつは酷い」「中途半端すぎる」「原作でもこんな流れなだろうか?」「この後が気になって仕方ない」「2期はあるのか」「蘭子のおっぱいコネコネしたいお」といったところだろうか。
左母二郎の勝手な推察でしかないが、この後どうなったか続きが知りたいというのがほとんどの意見だろう。
そしてこれこそがコミックスや小説のアニメ化としては実に正しいあり方なのだ。

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「続きが無いなら漫画を読めばいいじゃない」とエロい人が言った様に、今すぐ続きが知りたければ原作を読むしかない。
そして同じ様に多くの人がコミックスを買うことになれば、それこそアニメ化という大金を投じたプロジェクトが報われることになる。
原作アニメ化の目的とは「テレビジョンという能動的媒体によって、作品を多くの人間に触れさせて認知度を上げ、連載雑誌とコミックスの販売部数を底上げする」というものだ。
Blu-rayや関連商品の売り上げという副次的なものも確かにあるが、大本はこの認知度アップが主目的といえるだろう。

ただ残念なことに大抵の場合は、アニメが放送されている間だけコミックスの売り上げが急激に伸びて、放送が終了した途端にがくりと落ち込むのが普通だ。
理由は簡単、アニメ放送が終了した為でメディアへの露出が減って認知度が下がることと、新しいアニメが始まり視聴者の関心が別の作品に向くから。
終わってしまったアニメより新たに放送される作品に目が行くのは当たり前の事だ。
特に最近はアニメの本数も多く、有名作品以外は2年も経てば「ああ、こんな作品もあったな。懐かしいwまだ原作続いてたんだ」という冷めた反応をされたとしてもおかしくは無い。

さんかれあ 第12話04.jpg

忘れ去られる作品は悲しいものだが、逆にアニメの出来がそこそこ良く上手い具合に物語が完結していたとしたらどうだろう。
録画したアニメを見ればいつでも再生される作品を前に、わざわざ原作を買って読もうと思う人が何人いるだろうか。
もしくは原作を超えた出来で、それこそ原作を読む必要が無いほどのアニメだったら?
果たしてアニメだけで満足してしまった内の何人が、原作まで手を出すかどうか深く考えなくても推察できることだと思う。
まあ、作品の出来が完璧すぎてBlu-rayが飛ぶように売れたり、アニメにはまり過ぎて原作どころか同作家の過去作や関連商品をかたっぱしから購入する視聴者もいるだろうが、それは出版社や制作会社にとっては得難い消費者であり金ヅルなので、アニメ化の成功例として脇に置いておくが、その様な事は稀であり、大概は原作が改悪されて酷いアニメが生み出され、かえって評判を落とすことの方が多いものだ。

さんかれあ 第12話05.jpg

長々と何が言いたいかというと出版社にとって『アニメ化作品は原作買わせてなんぼ』であり『放送が終了しても売上を伸ばせるアニメ化こそ至上』ということだ。
そこにはアニメの内容の出来不出来等は関係無く、最終的にどれだけの人数が原作や関連商品に手を出してくれるかが焦点となる。
極端に言ってしまえば、アニメの出来や終わり方が微妙だったとしても、原作や関連商品の売り上げが伸びるならアニメ化として成功で、別に視聴者を満足させるためにアニメを制作しているわけではないということだ。
逆も然りで、出来がよく完成度も高くて視聴者が大満足していたとしても、原作と関連商品の売り上げが伸びないアニメ化は失敗だということになる。
もちろん原作側とアニメ制作側が別々の意図を持ってアニメ制作をしていることも間々ある事だろし、アニメの出来が良い方がいいに決まっているが、大筋は間違っていないはずである。

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以上の点を踏まえて『さんかれあ』を振り返ってみると、なるほどと納得できる要素もある。
頑張れば一段落つけるだけの原作話数がありながら、物語をまるで進めずオリジナルや後々の話を挟みこんできたり、結局最後はぶった切って中途半端に終わらせたやり方や、礼弥が蘇生した直後に千紘の唇を噛み千切るシーンをわざわざ変更して最後にもってきた構成といい、視聴者に一段落つかせない消化不良気味の終わり方は、この先が知りたいなら原作買えやという制作側の意図が見て取れる。
パパを説得した程度で全てを解決した気になっていたのか?解決なんてしてないぜ!と言わんばかりに最後に落とすやり方は、数あるゾンビ映画のラストそのものであり、続編を期待させ作品の余韻を残させるためのテクニックのひとつとしてお馴染だが、今作品に至っては数あるゾンビ映画をお約束として取り入れながら、アニメから原作へと興味をスライドさせる意図を持って作っている様に感じるのだ。
もちろん2期の為の布石という考え方もできるが、続きがあろうとなかろうと気になりすぎる視聴者はそれがくるまでには原作に手を出している事だろう。

さんかれあ 第12話03.jpg

さて、賛否両論有る終わり方だったと思うが、原作を蔑ろにせず原作の良いところを表現し購読者数を伸ばす制作方法としてアニメ『さんかれあ』は100点満点だったのではないだろうか。
原作を買わない&読まない視聴者からすれば、この様な終わり方はフラストレーションが溜まるだけかもしれないが、原作の存在する作品のアニメ化という観点で見ればこのやりかたは間違っていないと思える。
アニメを見て気に入ればすぐに原作を買う派の左母二郎から言わせれば、実に購読意欲をそそる良い終り方だったなあという感じ。
特に全編ヌルく暗い感じの12話の全てが、ただ最後のシーンの為の布石で、バッドエンドを匂わす終わり方だった事に驚き、さらに補完の為のCパートが無い事にも驚いた。
えっこれで終わっちゃうの?来週まだ放送あんの?続きはよっ、というように後の展開を気にさせられたのは事実であり、お見事というべきだろう。

さんかれあ 第12話06.jpg

最近のアニメは原作の宣伝をしたいのか潰したいのか、よく分からない作品ばかりで、元作品の持ち味をアク抜きした上にプレス製造器で作ったといわんばかりの『よくあるアニメ』に改悪されていくマンガや小説が実に可哀想である。
とくに原作の途中までを使って、さも完結しました続きはありませんといわんばかりのアニメ化は原作改悪以上に酷すぎる。
マンボウの卵の様に大量に生み出されては消えていく泡沫の様な作品が多すぎるというのが個人的な見解だが、こういった『さんかれあ』の様な作品が多くなれば、原作にひょっこり手を出す視聴者が多くなるような気がするのだ。
「まだこのマンガ連載してたんだwwwwはやく終われよwwww」と原作も見ずに言われる哀しいアニメ化では無く、「アニメ見て原作買ったけど正解だったなあ」という意見が増えてほしいところである。
これからのアニメ化はもっと明確に原作に興味を持たせ購読させるための手段になるべきであり、出来は良く、エロも適度に、原作のイメージは損なわせず、けれどすっきりとは終わらせず続きが気になり辛抱堪らなくさせるbPキャバ嬢のような高度でヤラしいやり方が必要であり『さんかれあ』はその手本となるべきやり方を示した作品なのかもしれない。


第11話感想 ⇒第10話感想 ⇒第09話感想



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タグ:さんかれあ
posted by 左母二郎 at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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