何が新シリーズをつまらなくさせているのか『峰不二子という女』: 名前の通り、さもしい男だ

2012年05月26日

何が新シリーズをつまらなくさせているのか『峰不二子という女』


―――WORNING―――


この記事には左母二郎の勝手な思い込みによる『LUPIN the Third 峰不二子という女』への不満事がアホみたいに綴られております。素人によるダメ出しに拒否感を覚える方は決して読まないでお帰り下さい。


峰不二子という女 第08話01.jpg

正直、『峰不二子という女』の感想を書くのが面倒になってきた。
何故かというと何を書こうとしてもダメ出しになってしまうからだ。
ダメ出しばかりの感想ほど見ていて不快な文章はないと思うし、それ以上にダメ出しとは書く方にとっても疲れる作業なのである。

初めは意欲的な作品だと評価していたこのシリーズも、回を数えるうちにどんどん魅力を感じなくなってしまった。
一言「面白くない」と言ってしまえばそれまでだが、何がこの作品を凡作たらしめているのか。
それは結局のところ、痛快さ爽快さを感じないからではないかと思う。
本作には今までのルパンシリーズにあった爽快感と呼べるものが圧倒的に不足しているのだ。

では今までのルパンは何が痛快であり爽快だったのか。
どんなに罠を張り巡らされ、陥れられ、罪を被せられ、もしくは命を狙われても、全ての思惑を乗り越え目的を達成するルパン。
相棒の行動に文句を言いながらも律義に付き合う次元、金では動かず日本食や修行の名目に釣られて渋々手伝う五ェ門、毎度食らいついてはルパンを取逃がす銭形、そして最後に全てをかっ攫っていく不二子。

ルパン三世 「アルバトロス死の翼」00s.JPG

テンプレ展開といえば身も蓋も無いが、結局それがルパン三世という作品の魅力だったのではないだろうか。
勿論、毎回同じような内容ではなかったがお約束といえる展開と、ドライとも熱いともいえる仲間意識と、そしてなにより、このキャラクター達は底抜けに人が良かった。
何があっても最後には弱気を助け、悪を挫くという勧善懲悪があった。(お宝も盗むが)
それこそが痛快であり爽快であったのだ。
泥棒が主人公という社会通念上悪のはずの作品が、原作を飛び出し世代を越え日本人に愛され続けているその理由は、ひとえに彼らがヒーローだったからに他あるまい。

ルパン三世 「アルバトロス死の翼」01s.JPG

左母二郎にはルパンかくあるべしという程の強い思い入れがある訳ではないが、それでもルパンという作品群に対して持つイメージという物が確かにある。
どんなに馬鹿で無茶なことを仕出かしたとしても、最後にはヒーローでいて欲しい。
多くの制作スタッフがルパン三世という作品を生み出してきたが、どの作品でも(細部は違っていても)このキャラクター達の根本は皆等しく善人だったと思う。
今でも多くの人達が「悪どい事を平気でするルパン一味」が画面に登場すれば、真っ先に悪人の変装だと疑うのは上記の理由だからだ。
ルパン一味はいつだってヒーローだった

峰不二子という女 第04話04.jpg

だが新シリーズでは明かに根本から性質が変わってしまっている
キャラクターの性格付けをアダルト向けにしているのはまだいいとしよう。大人の為のルパン、その為の深夜アニメなのだから。
だが変えてはいけないところまで変えるのは良くないと思うのだ。

女性に危害を加えるルパン。(第04話)
平気でルパンを殺そうとする銭形警部。(第04話)
殺人を躊躇なく犯す峰不二子。(第01話・08話)
未練がましく不二子になびく五ェ門。(第03話・08話)

まあルパンと五ェ門に関しては目を瞑るとしても、銭形と不二子については物申したい。
銭形のルパン逮捕への妄執を殺意までに高めたのは明かにやりすぎであろう。
なによりこの二人の関係はもっと明るくなくてはいけない。
毎度繰り返される追いかけっこはルパンシリーズの風物詩であり、この二人の奇妙な友情が物語をただの泥棒と警察の捕物にさせない役割を担っているのだから。
そして「ルパンがいるところ例え火の中水の中」これは何かの作品での銭形のセリフだが、たとえ作品が変わろうとも銭形はルパン逮捕を部下任せにする様な男であってはならない

峰不二子という女 第08話00.jpg

不二子のキャラ付にしてもだが、過去に含みを持たせるため金の為なら何でもする女にしたのは良くないだろう。
なんでもする様な女がルパンと出会い自分の生き方を見つめ直すという展開にしたいのかもしれないが、それでも無関係な人間を躊躇い無く殺すのはよくない
銃撃戦で止む無く撃ち殺すのと、ただ警備の為に突っ立っている人間を撃ち殺したのでは丸っきり意味合いは変わってくる。
盗みに入る為に邪魔な警備員を射殺する。
これではヒーローによっていずれ退治されるべき悪人と何ら変わりないではないか。
なによりこんな人物が主役では誰も納得しはしない。
何故殺した、殺す必要があったのか、彼らは悪人だったのか、意味無く考えさせられてしまう。
それは勧善懲悪ではない。
誰が見ても分る、正義による悪の懲らしめがあってこその勧善懲悪なのだから。

峰不二子という女 第08話02.jpg

結局、身も蓋も無い言い方をすれば、基本に忠実であればある程ルパンは面白いのだと思う。
そして基本から遠ざかれば遠ざかるほど、ただただ違和感と不快感が増していく。
新シリーズの登場人物には正義が足りず、正義では無い登場人物達の織りなす物語は勧善懲悪足り得ず、勧善懲悪のない物語には爽快感が足りず違和感だけが良い仕事をする作品となっているのではないだろうか。

今作品はルパン三世という作品のダークサイドというべき負の側面を演出したかったのかもしれないが、それでも根底にあるべきヒーロー性というものを蔑ろにしてはいけなかったのではないかと思う。
40年かけて作られたイメージを覆す事はそうそう無理というべきで、今更違う側面を新たに映し出したとしても、元のイメージが強すぎて違和感を強めるだけの結果になってしまった。
結局、変わらない事が一番良いやり方だった、それがルパンという作品を作ることの真髄ではないのだろうか。





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posted by 左母二郎 at 19:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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